かつて、平成の終わりとともに絶滅したと思われていた存在があった。
そう――“ネトゲ廃人”。
しかし、令和のこの時代にも、彼らはまだ息を潜めて生き延びていたのだ。
今回密着するのは、そんな一人の“令和に取り残されたネトゲ廃人”。
彼は、人生のすべてをネットゲームに捧げた男――筋金入りのドラクエ廃人である。
彼の、地獄のような1日を追ってみることにしよう。
これは、ドラクエ10を4万時間プレイしたひとりの男の、絶望と再生の記録である――
動画版
朝 – 時間のない世界
ドラクエ廃人にとって、「朝」という概念は存在しない。
昼も夜もない。ただ、目が覚めた時が朝であり、眠りに落ちた時が夜なのだ。
廃人(ぼそっ)「アレクサ、おはよう。」
照明が静かに灯り、部屋がほのかに明るくなる。
男は顔をしかめながら身を起こし、時計に目をやる。
――そこに表示された時刻は、午前3時27分だった。
「何も予定はない。誰も待っていない。
だが、それでも1日は始まってしまう。」
PC起動 – 生命線との格闘
次に彼が向かうのは、当然、パソコン。
ドラクエ10を起動するための 生命線である。
しかし、このPC。購入は2019年。酷使され続けたこの6年、さすがにガタが来ている。
廃人(独り言のように)「最近ほんと、パソコンの調子が悪くて……。もう限界ですわ。」
それでも、彼にとってPCは命の次に大事な存在だ。
仕事も趣味も、生活のすべてがこの箱に詰まっている。
「30万円で買い替え」――それは彼にとって天文学的数字に等しい。
買わなければならないことは理解している。だが、現実がそれを許さない。
パソコンのファンがうなる音を聞きながら、彼はため息をついた。
魔因細胞金策 – 単調の中に光を求めて
この日も彼は魔界へと向かう。目的は、魔因細胞というアイテムのための金策だ。
魔界の雑魚モンスターを4アカウント同時操作でひたすら狩り続ける。
その姿はもはや、プレイヤーではなく 自動化された工場のようだった。
インタビュアー「これ、何してるんですか?」
廃人「魔因細胞っていう金策です。めんどくさいけど……できるだけ毎日やりたいですね。」
続けられるかは、その日の“体力”と“精神”次第。
「継続は力なり」とは言うが、それが一番難しいのだ。
4アカの世界 – すべては“ソロ”のために
彼はドラクエ10を4アカウントで同時にプレイしている。
1人でパーティを組み、1人で世界を回し、1人で金策をする。
そのプレイスタイルは、孤独ゆえの進化だった。
廃人「フレンドがいないんで……自然とこうなりました。」
キラキラマラソン1周目 – ゴミ拾いの美学
次に始まるのは、キラキラマラソン――通称「ゴミ拾い」。
4アカ×4キャラ=16キャラで、世界中のレア素材を拾い歩く。
インタビュアー「これ、効率いいんですか?」
廃人「うーん、1アカだと微妙なんですけど、4アカならまぁまぁですね。」
地味で単調。だが、無心になれる。それが、彼にとっては何よりの救いなのだ。
2周目 – 歩く、歩く、ただ歩く
1周目が終われば、すぐに2周目。16キャラのルートは膨大で、すべてが手作業だ。
ここで、彼は 立ち上がる。
FlexiSpotの昇降デスクを上げ、ウォーキングマシンを起動。歩きながらキラキラを拾い始めた。
廃人「健康に気を使って、少しでも歩くようにしてます。」
皮肉にも、歩いてゲームをすることでしか、彼の健康は保たれないのかもしれない。
3周目 – 日常の中の異常
3周目に突入した時、彼はふと立ち上がった。
そのまま無言で部屋の奥へ――
そして、“神との交信”の時間が訪れる。
それは、部屋の扉を閉ざし、静寂の中に身を沈める時間。
煩悩を捨て、己と向き合い、30分間の神聖なる儀式が執り行われる。
この儀式について、我々が語ることは控えよう。
ただ一つ言えるのは――それが、彼にとって欠かせぬ「日常」だということだ。
キラキラ4周目 – 意識の彼方へ
儀式を終えた彼は、再び椅子に座り、無言でキラキラマラソンの続きを始めた。
4アカ×4キャラ=16キャラ、4周目に突入である。
すべては既視感のある動き。画面も風景も、流れるログも変わらない。
「もはやこれは、儀式だ。」
何も考えずに進められること――それこそが、彼にとっての“安らぎ”なのだ。
六畳の監獄からの脱獄――絶望の地「滋賀」へ
昼前、彼はようやく重たい腰を上げた。
起き抜けに飲んだモンスターエナジーと、胃に残るドーナツの甘さがまだ喉の奥に引っかかっている。
カーテンを開ければ、まばゆい光。
それはまるで、怠惰と絶望にまみれた部屋をあざ笑うかのような春の日差しだった。
彼が一歩、部屋の外へ踏み出す。
ここは――滋賀県。かつての都、京都の外れ。文明の影に隠れた“静寂の谷”。
だが、静寂という言葉は、あまりに詩的すぎる。
この地にあるのは、“人の気配の消えた田畑”と、“獣が支配する山里”だけだ。
「ここ、ほんと、何にもないんすよね……」
自転車のペダルを漕ぎながら、彼はぼそりとつぶやいた。
この土地に生まれ、育ち、そして取り残された――逃げ場のない現実が、舗装の甘いアスファルトの上を軋ませる。
車がなければ生活はままならない。
だが彼には――免許がない。
その理由は、過去のトラウマにあった。
19歳のある冬、勇気を振り絞って通い始めた教習所。
しかし、教室にいたのは制服姿の高校生ばかりだった。
その場の空気に耐えきれず、数日で足は止まり――そのまま13年が過ぎた。
「教習所ですら、俺は“不登校”だったんですよ」
苦笑する彼の横を、トラックが無情に通り過ぎていく。
「滋賀って、ほんと、車社会なんですよ。でも俺にはそれが……できない」
彼は今日も、自転車で外食へ向かう。
味気ない日常にささやかな“味”を加えるために――
そして、ほんの少しでも“孤独”を誤魔化すために。
午後一時、希望の鐘が鳴る――キッズタイムという救済
時刻は午後1時。
外出から戻った彼の目に、PCモニターのログイン画面が映る。
――キッズタイム。
それは、ドラクエ廃人にとって“特別な儀式”の時間である。
平日は16時~18時。休日は13時~15時。
このわずかな時間だけ、月額課金の切れたアカウントでもプレイが可能となる。
多くの子どもたちのために設けられた、優しい制度。
だが彼にとって、それは最強の金策タイムだった。
20個近くの“無課金アカウント”――通称キッズアカを動かす。
しかも、ただ動かすだけではない。
5アカ同時起動。PCで4つ、スイッチライトでもう1つ。
彼はそれらを“同時に”操作するのだ。
「はじめは無理だと思ってました。でも……意外と、慣れるもんですね」
無表情のまま釣り堀を巡るキャラクターたち。
釣れた魚を換金し、金が積み重なる。
これは――キャラデリ金策。
釣って、稼ぎ、そして――削除する。
愛着など、とうの昔に消え失せた。
数字だけを追い求める機械的な手つき。
それはまるで、狂気と合理性が融合した“機械仕掛けの魔王”のようだった。
「まぁ……あの頃は炎上もしましたけど」
彼は小さく笑う。
キャラデリ金策のやり方をブログで紹介したところ、ネットの海からは非難が殺到した。
「キャラに愛がない」「ゲームを冒涜してる」――
それらの声を浴びながらも、彼は止まらなかった。
「だって、効率がいいんですよ。やらない理由が、ないじゃないですか」
その日も、彼はキッズアカを駆使して730万ゴールドを稼いだ。
“愛”ではなく、“数字”を信じて――。
“おしごとごっこ”――虚無の中で紡ぐ言葉
キッズタイムが終わると、部屋には静寂が戻る。
モニターに映るのは、編集ソフトのタイムライン。
そう、ここからが――彼の本当の仕事だ。
YouTubeチャンネル「ヨモゲーム」。
登録者数は2万人を超えた。
ドラクエ10界隈では知られた名である。
だが――生活には、ほど遠い。
「今の目標は……登録者3万人ですね。あと、動画をもっと定期的に出せるように」
そう語る彼の目は、どこか焦燥を含んでいた。
「本当は毎週3本くらい出したいんです。でも……メンタルが弱くて、どうしても止まっちゃう」
誰かに必要とされたくて、始めた活動。
今では、数少ない“居場所”になっていた。
「応援コメントがあると、本当に嬉しいんです。現実で誰にも必要とされてなかったから……」
彼は、数字に生かされている。
再生数、登録者、コメント数――
それらすべてが、彼の存在証明だった。
「ネタ切れもつらいですけど、一番怖いのは“誰にも見られないこと”ですね」
画面の向こうの“誰か”を信じて――
今日もまた、ひとつ動画が投稿される。
そして、廃人の“おしごとごっこ”は、幕を閉じるのだった。
深夜 – 徘徊する異常者
深夜――全てが終わった後、彼は再び立ち上がる。
今度はスマホを片手に、闇夜の町を彷徨い始めた。
目的はひとつ。スマホの便利ツールで釣り日課を消化するためだ。
使うのはGalaxy Z Fold。便利ツールを3つインストールし、60キャラ分の釣りを同時進行する。
インタビュアー「iPhoneじゃダメなんですか?」
廃人「iPhoneはアプリ複製できないんで、ドラクエ廃人的には“ナシ”です。」
闇夜にスマホの光だけを頼りに歩き続ける姿は、もはや人間というより「妖怪」だ。
釣り日課 – 小さな奇跡
夜道でスマホをタップしながら、彼はぽつりとつぶやいた。
廃人「……やった、クリオネだ。」
釣り金策で必須となる「クリオネ」や「ブルーナポレオン」。それらが釣れた時だけは、少しだけ嬉しそうな顔を見せる。
極寒の夜、スマホの光に照らされた彼の顔に、わずかな温もりが戻る。
松屋へ – ストレスを食らう
釣りを終えた彼は、ふらりと松屋に立ち寄った。
廃人「腹は減ってないんですけど……ストレス解消で、何か食べたくなるんですよね。」
ネギ玉牛丼を食べ終えた後、彼は胸を押さえながら小さくうめいた。
廃人「……ちょっと、吐きそう……」
空腹ではなく、心の空白を埋めるための食事。
それが、彼の身体を蝕んでいく。
夜のコンビニ – 闇へと消えて
帰路の途中、彼はまた一軒のコンビニへと立ち寄った。
インタビュアー「え?また買うんですか?」
廃人「お酒でも飲もうかと……」
それが本当に欲しいものかは、誰にも分からない。
ただ、コンビニの光に吸い込まれるその背中は、どこか寂しげで、そして痛々しかった。
帰宅 – 誰も待たない部屋
帰宅してドアを閉めた瞬間、世界の音がすべて消えた。
そこには、誰も待っていない部屋。
だが彼にとって、それは“日常”であり、“拠り所”でもある。
廃人「……やっぱり、一人はラクですね。」
就寝 – 永遠に続く夜
布団に潜り込み、スマホをいじりながら目を閉じる。。
廃人「また明日も、同じような日でしょうね。」
だがその声には、不思議と暗さがなかった。
むしろ、どこか穏やかで、受け入れているような静けさがあった。
あとがき – “自由”という名の地獄で
彼の1日は、誰のものでもない。
社会にも属さず、誰からも指図されず、ただ「自分だけのルール」で生きる。
それはある意味で、究極の自由であると同時に、究極の孤独でもある。
だが彼は、その地獄の中で、ささやかな楽しみと向き合い続けている。
廃人「みんなと遊ぶのが、一番楽しいですけどね。本当は。」
――そう語る彼の目は、わずかに潤んでいた。
令和の時代にも、確かに生きているネトゲ廃人。
その姿は、どこまでも痛々しく、しかしどこまでも、人間らしかった。
これは、ある廃人の、ささやかな生の記録である。
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